研究テーマ

ATELIER MUJIトークイベント「無印良品が考えるこれからの暮らし─編集者の暮らしの目線から─」採録

このレポートは、2012年2月19日にATELIER MUJIで行われたATELIER MUJIトークイベント「無印良品が考えるこれからの暮らし」を採録しています。

山田 きみえ氏

編集者。東京生まれ。『モダンリビング』『コンフォルト』『チルチンびと』などインテリア・住まい雑誌の編集に携わり、現在『住む。』編集長。企画・編集した単行本は『吉村順三・住宅作法』『小さな森の家・軽井沢山荘物語』。

伊藤 宏子氏

編集者・出版社経営。東京生まれ。書籍・雑誌編集者として株式会社朝倉書店、株式会社学習研究社、株式会社アスキーを経て、祖父の興した出版社・泰文館を継ぐ。株式会社泰文館代表取締役社長。季刊誌「住む。」を創刊、現在、発行人。

土谷 貞雄

1960年東京生まれ 1989年日本大学理工学部修士課程修了
1989年からイタリア政府給費留学生
1994年帰国後施行現場から設計営業までを経験
1997年から住宅の商品開発に携わる
2001年から独立しコンサルタントして住宅系の商品開発および営業支援業務を行う
2004年無印良品で家の商品開発と全国展開を行うために良品計画のグループ会社ムジネットに入社
2007年ムジネット取締役に就任
2008年住宅系の商品開発とWEBコミュニケーション業務を主として独立
2010年HOUSE VISIONの活動に加わる
現在は無印良品「くらしの良品研究所」のWEB企画のサポートがおもな業務。その他デベロッパー、家具メーカーなどの業務支援も数社おこなっている。中心となる業務はWEBを活用したアンケートやコミュニケーションの仕組みづくり、コラムの執筆など

土谷 くらしの良品研究所の土谷と申します。どうぞよろしくお願いします。
私たち、くらしの良品研究所ですが、何故それをつくったかというと、これからの暮らしということをしっかり考えていきたいと思ったからなのです。暮らしというのは、今まで大きなディベロッパーや建築家たちがつくったものを提供されて、それを買って住むのが暮らしであったかようにも思えますが、本当はそうではなくて暮らしというのは自分たちで考えて、自分たちでつくる、そういうものだと思うのです。今そうした時代がいよいよやって来たのだと思うのです。でも、そのときに、「どんな暮らしをしたいのか」というのは意外にわからないですよね。何となく漠然とした思いがあっても、やっぱりそこに事例がないとわからない。また考えるきっかけがないとわからない。私たちの暮らしって何だろうかとあらためて疑問がわいてきます。
高度成長の時代の後、あらためてゆっくりと自分たちの歴史や文脈の上に自分たちの暮らしを考えていく、そんな時代が訪れるのです。日本もいよいよそういう成熟の時代になったのかもしれません。
研究所でコラムを書いていますが、いつも暮らしには正解がないということ、人それぞれなのだと、でもその参照例がない。それを示していかなければいけないと思っています。
本日のゲストですが、まさにその参照例を提示し続けているかたです。『住む。』という雑誌。本日は泰文館社長の伊藤さん。編集長の山田さんのお二人にお話を伺います。

伊藤 よろしくお願いいたします。(拍手)

山田 山田です。(拍手)

土谷 まず、この雑誌、知っている人? (7割ぐらいが挙手)すごいですね。

伊藤 ありがとうございます。

土谷 さすが今日は、このファンの人が来てくれたという感じですね。決してメジャーな雑誌ではないと思います。でも、こういう丁寧な、こういう雑誌がだんだんと世の中に伝わってきているというのも事実のような気がします。ちなみに建築を勉強していらっしゃる方います?(挙手数人)
少ないですね。建築をお仕事にしている人も同じかな。あとは、ではこれから家を建てようと思っている。では、今の家を直したいと思っている人。(数人)
これから東京ではなくてどこか近くに、近郊に住みかえようとか、田舎に行こうとか。(10人ぐらい)
なるほど。いろいろな方がいらっしゃいますね。
山田さんは特に日本のジャーナリズムの中で、先ほども伺っていて、かつては『モダンリビング』という雑誌に長く携わってこられましたね。日本の建築ジャーナリズムとして、アカデミックな建築雑誌は『新建築』とか『近代建築』とかたくさんありましたが、どちらかというとメジャーなジャーナリズムではなくて、その脇を固めていくような場所の中で、しかしずっとその最前線にいらっしゃいました。『モダンリビング』とか、『コンフォルト』とか『チルチンびと』とか、そしてこの『住む。』という雑誌です。ですので、そういう視点からの話を今日は伺えるのかなと思います。
前置きはこのぐらいにして、お話を40分ぐらい、スライドを交えてお話を伺いたいと思います。では、マイクをお渡しします。どうぞよろしくお願いします。

伊藤 ご紹介にあずかりました泰文館の伊藤宏子と申します。よろしくお願いいたします。
マイナーな雑誌ということで、少し会社のことを最初にお話し差し上げたほうがよいかと思います。私は大学を卒業しましてから普通に雑誌の編集者として、書籍、雑誌の編集者として一般の出版社で働き始めました。その中で、ある雑誌に携わったときに、当時フリー編集者だった(編集長の)山田さんから住宅の取材とは何ぞやということを、もう一から教えていただいた、ある意味弟子です。

それでしばらくしまして、実家が出版社をやっていたものですから、戻ったといいますか、継ぐことになりました。うちの出版社は祖父、伊藤巳之助が大正12年に創業いたしました。父が2代目、私で3代目です。
祖父が創業する当時は日本の農業人口が半分を超えていた時代だったんだと思うんです。これからの日本をどう組み立てていくか、よりよい暮らしのために何をしたらいいのか。それは農業をやっていらっしゃる方々に、いい本を届けたい、いい本をつくりたい、そういう思いを祖父母は抱いて、東京で出版社を始めたと、そういうふうに聞いています。そのころは一番本を求めている人たちは農業に従事していたんだなと。そういう時代だったんだと思います。

父の時代はなぜか園芸書などを出していました。これはやはり豊かな時代になり、人々がそういう園芸書を求めるようになったと。私自身、コンピュータ系の出版にも携わったことがあるんですけれども、人々そこのところで一番書籍、知識を求めていた時代なんだと思います。書籍も雑誌も時代とともにあるんだなということを身をもって体感してきました。
そして自分で会社を継いだときに、暮らしに関する、住まいに関することを教えていただいた山田さんと、また、何かここでできるんではないかなと期待を持っていましたら、やっぱり望むとかなうものですね。新米出版社社長だったんですけれども、いろいろな縁をいただいて、『住む。』という雑誌を創刊することができました。

それからも山あり谷あり、苦難の道を歩きましたが、2011年の暮れに出た号が40号、ここで丸10年という時間を刻むことができて、これも大変いろいろな方々に感謝しています。うちは季刊誌ですので、次に出ますのが3月21日です。この号が第41号、ここから次の10年へという新しいまた歩みを始めようというときに、こういう機会を得て、皆様にお話しすることができて非常にうれしく思っております。
では、『住む。』ってどんな雑誌かと。出版社ですのでいろいろキャッチコピーなどを考えます。「家に暮らす人の視点から、住み手の立場からの視点で」「家と暮らしを考えるための実用誌」「住まいは環境から切り離すことができない」「地球そして地域に私たちは住んでいる」「家づくりの工夫や暮らしの知恵をもっと大切に」など、いろいろな言葉を考えてきたんですけれども、きょうは少し時間にゆとりがありますので、山田編集長が本の一番後ろに記した「編集によせて」というところがあるんですけれども、ちょっと読ませていただきます。聞いていただけますでしょうか。よろしいでしょうか。

「1軒の家ができ上がる。住まいはそこから長い一生を開始します。家は愛着を込めて手をかけてやると、不思議とこたえてくれるものです。そしてだんだんとなじんでいきます。住まいは完成しません。住み手が育てるものです。そんな思いを込めて雑誌名は半分に欠けた句点を用いています。簡素で身の丈に合った普通の家がいい。しかしそうした家をつくるのは簡単なようで実はなかなか難しいことです。住まいの本質をきちんと見きわめなければなりません。また、住まいは環境から切り離して考えることはできません。家から排出するCO2の量を削減したり、ごみを減らしたり、自然エネルギーを取り入れることが必要になってきます。
1軒の家は、景観をつくり出す最小単位であることも忘れず、地球に、地域に、住む作法を考えていきます。住まいと暮らしに関して、ときには食や衣まで含めて、昔から伝わる気候風土に適した知恵や工夫を見直し、現代のすぐれた技術や方法も調べていきます。そこにはきっと知の楽しみがあるはずです。ずっと育て続けたくなる家づくりに少しでもお役に立つ雑誌をつくっていきたいと思います。」

これが『住む。』編集方針といってよいものではないかと思っています。
よく取り上げるテーマはどんなものですかということも聞かれることが多いものですから、まとめてみますと、まずは「住みよい家」。これが何といっても私たちがお伝えしたいことだと思っています。それからこれは特に編集長が好むということもありますが、「小さな家」。身の丈に合った小さな家ということで。それから先ほど幾つか手が挙がっていましたが「改修」ですね、修繕、改修というテーマ。そしてこれから後でご紹介する家もそういうお家が多いんですけれども、「身近に農とかかわっている家」。それから食、大切な食が今、大変なことになっていますけれども、「食と台所」。大きなテーマとしてはこういうようなことを特集でいろいろ取り上げさせていただきました。
昨年の12月21日に出ました40号では、特集を「『基本』にかえる」という特集タイトルをつけました。これは今、本当に必要なものは何かということを、もう一度考えてみようということで。それはきちんと丁寧につくられている家、それを丁寧に住んでいる家、そして丁寧につくられたものということです。
こういう家がいいな、取材したいなとということで伺い、その結果、ああ、よかったなという家の画像を幾つか用意いたしましたので、ここからは山田編集長のほうに、画像を交えつつ、なぜその家を取材したいと思ったか、そしてその家がどういう家かということを話してもらおうと思います。よろしくお願いいたします。

山田 山田と申します。よろしくお願いします。何かこう、人前に出るのが一番苦手で、きょうもとても嫌だということで(笑)。辞退したんですけれども、実際の具体例を見ながらでしたら、話ができるかなということで、そのようにさせていただきます。