


MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクト リレートーク vol.5
世界の団地再生・日本の団地再生
※このレポートは、2015年3月11日に行われたトークセッションを採録しています。

- 松村
- その他にもいろいろな事例を皆さんに集めていただいたので少しご紹介します。1940年代のフィラデルフィアでつくられた団地の一角ですが、正面から見ると、部分的に3階建ての建物が混じっていて、皆で広場を囲んでいるように配置されて、広場に面してキッチンがあって、建設当時は子どもたちがブランコなどで遊び、その様子をキッチンからお母さんが見守っていました。ところが1990年ぐらいになると、道から奥に入ったところに広場があるので、様々な犯罪が行われる場所になってしまった。これではどんどん人が出て行き、最終的にアバンドンドに近い状態になりそうになった。そこで手を入れてこんな立派な玄関に付け替えて、建て替えずに再生しました。この中がどうなっているかというとこのようになっています。

- 松村
- 少し建築的な話をしますけれども、もともとは各階ごとに住んでいる人が違っていた。しかし部屋は、今住んでいる人たちの希望ではもう少し広いほうが良い。そこで、思い切って3階をぶち抜いて一戸にしてしまえば良いということで改築しています。これ赤は一世帯、青も一世帯、でちょっとだけ広場の分を使って庭を増築している。これは悪い要素となっていた広場はもういらないと。その代わりにできるだけ大きく住人専用の庭として囲い、そこでそれぞれが責任をもって管理できるようにしています。広くなって庭もついたところで家賃を上げて入居者の募集をし直しました。
こういう改修を彼らは“リストラチャリング”と呼んでいます。つまり空間の構造を全く変えてしまうということです。
それからよくヨーロッパであるまた別の事例を紹介します。外壁の外に断熱材を取付け新たな外装を従来の外壁の30cmほど外側に付けるという改修をいろいろな場所でやっています。こういった改修はヨーロッパで「建物にコートを着せる」と表現する場合もあります。

- 松村
- これはコペンハーゲンなのですが、上だけこの一層分増築しています。これは「増築」や「減築」と言います。建物の上に建て増したり、あるいは一層切ってしまい5階・4階建てを3階建てにするというのも世界にはあります。人口が減ってくると戸数を減らさないと空き家だらけになってしまうので減築することがあります。

- 松村
- この場合はまだ人口が増えるところなので、増築。この一番上の部分ですが、この中にハイサイドライトといって、屋根面から光が落ちるような改修をしています。他の階はみんな天井が低くて、普通のアパートですが、上の階だけ非常にゴージャス。一番上の増築した部屋だけエレベーターが専用についていて、ここだけ高い家賃を取る。そうすることによって、全体の経営を可能にしていく。
上に増築する手法というのは、日本では結構珍しいです。耐震的なことを考えて上に一層乗せられない。しかし世界では結構やられていて、聞いたところではロシアでは9階建てを14階建てにするという例もあるそうです。
この手法をお伝えして何が言いたいかというと、住宅需要が高い街だと、新たに住宅をつくる際には土地をまず開発してから基礎をつくるので時間がかかる。一方で増築する場合は既に基礎がありますから、土を掘り返す必要もない。ただ屋上に組み立てればいいですから、すごく早い。即断即決でやると一年以内に住戸数を増やして経営に返ってくる、というわけです。
そうした増築や外断熱を組み合わせて外壁の色や材質も変えて外壁ラインも変え、ランドスケープも一新する。そして、高い家賃を払える人たちに入居してもらう。そういう複合的なプロジェクトもあります。
要するにソーシャルミックスして、所得の高い人低い人がそれぞれの相場の家賃を払って、一緒になって暮らし全体経営を可能にしていく。こうして団地の経営を挽回していくことが可能です。

- 松村
- これはワシントンDCの例ですが、僕らは、団地再生工事を行う前と行った後の建物を見比べるという目的で案内してもらいました。屈強な黒人がトランシーバーと拳銃を持って僕らについて歩く。それで「この建物に入りたい」って言ったら、二人がトランシーバーを持って拳銃を構えながら突っ込んでいく。空き家の中では誰が何をしているかわからない。昔はエレベーターホールで麻薬取引が行われていたそうです。見学でこんなことは経験なかったのですが、そんな場所でも屋根をつけて窓を付け替え、設備も整えて生まれ変わりました。受付が中央にあり、もともと住んでいた人たちはそのまま定住し、残りの住戸はより所得の高い人に貸している。このことによって、経営を成り立たせることの助けになっています。

- 松村
- もともとあった建物の間取り図ですが、住戸が横に並んでいるアパートみたいなところですが、ここを増築して横を大きく広げている。ここには図書館が入っています。所得の高い人が入る集合住宅には、住民のためのライブラリーがあるというのがこのエリアでは普通のことなのですね。それからデイケア。こういった共用施設を導入して付加価値を高めています。住居が綺麗で設備が良いだけでは魅力に欠けるので、こういった工夫をしています。他にも、コンピュータークラスというプログラミング教育のための教室が4つもあります。

- 松村
- この団地を経営しているのは、“Community Preservation and Development Corporation”というNPOです。建物はワシントン市から払い下げられたもので、払い下げといってもほとんど無償です。この再生プロジェクトの予算を申請して、しかもその再生の建設資金に100%公的資金が投入されて、NPOがその事業を受けて再生の工事をする。そこから先は、公的資金を入れずに持続的な経営で今までいた人たちはそのまま居続けられる仕組みをつくっています。
ここでは収入の少ないもとの住民のために、近隣のコンピューター関係の大学と組んで、コンピューター講座を始めました。例えば母子家庭できちんとした働き口についていないお母さんは家賃がまともに払えない。まずは手に職を身につけることだということで、団地側が無料でコンピューターを教えるというかたちになっています。実際、私が行った時もここにお母さんたちがたくさん集まっていました。部屋にはマイクロソフトの協力によりコンピューターが揃っている。さらに地元の大学とほぼ変わらない講師をつけて、ここの講座を卒業して一年経ったところで、年収が0から1000万円になった例も出てきています。この成功はまさにアメリカンドリームです。
ここまでの話を踏まえると、建物を小奇麗にしたくらいでは再生はできないということです。その場所をどうやって地域社会として運営していくか、その人たちの生活はどう支えていくのか、というソフトな事柄と一緒になって団地再生は行われていくことが重要です。これは欧米を回って気づいたことです。