研究テーマ

使い勝手を考える ─大阪ミナミから─ 3.スタッキングシェルフを使いこなそう

障害者施設社会福祉法人「あまーち」様が新たに建てられる施設に、無印良品の商品を納品する機会をいただきました。
今回から暫くの回はインテリアアドバイザーの橋尾が中心となって活動を進めていますので、橋尾の目線で綴っていきます。

3.スタッキングシェルフを使いこなそう

無印良品難波での初めての打合せは、「あまーち」からは職員の西澤さん、設計事務所からは廣富さんと砂川さんに参加して頂きました。
当日、西澤さんたちは開店と同時に現れました。
「おはようございます!」売場のテーブルを囲んで早速打合せが始まりました。

西澤さんはカバンをゴソゴソ探り、数枚の資料を出しました。前回の打合せの時、スタッキングシェルフにした場合のマスの数をお伝えしてあったので、その情報をもとに仲間やスタッフの使う棚の数や位置を考えて、わかりやすく色分けしてきてくれたのでした。
その資料を眺めながら、私は数日前に行った「あまーち見学」のことを思い出していました。

─ 数日前 ─

JR立花駅の改札で、設計事務所の廣富さんと待合せをしていました。私が改札に着くと、廣富さんはすでに到着していました。13時半を少し回ったところでした。
駅からあまーちは歩いて15分。線路沿いの一本道を歩きながら、私たちはいろいろ話をしました。

「今日はなんであまーちを見に来ようと思ったんですか?」
「作業所ってそもそもどういうところで、何をしているのかも分かっていないんです(笑)。そういうことをちゃんと知った上で、家具の提案をしたいなと、思っているんです。」
すると廣富さんは「あまーち」について簡単に説明してくれました。

あまーちは、生活介護事業と居宅介護事業をやっていて、生活介護に登録している仲間は朝10時から15時まで作業所で働くこと。15時以降は居宅介護の入浴にも使われること。だから、15時前後は、帰る人・来る人・残る人でごった返すこと。廣富さんは、2つの違う活動をいっぺんに見学できるように、この時間帯を設定してくれていたのでした。

「せっかくなんで、作業所の見学をする前にあまーちの運営する喫茶店に行きませんか?」
あまーちは生活介護の一環として「café de あまーち」という喫茶店を営業しています。
私たちが入ると、2人連れの女性客がおしゃべりに花を咲かせていました。私たちはビワミンジュースとホットコーヒーを注文しました。店内を見渡すと、片隅に新しくできる建物の模型やパースが飾られていました。豆を手でゴリゴリと挽く音と共に、コーヒーの香ばしい香りが漂ってきました。そして車椅子に乗った男性が、ゆっくりとテーブルまで運んで来てくれました。

そうこうしていると、西澤さんがCaféまで出迎えてくれました。
今日見学させていただく予定の作業所(仲間が作業する部屋)は、Caféの隣にありました。西澤さんは作業中の仲間に「無印の方が見学にきてくれましたよ!」と私を紹介してくれました。仲間は、テーブルに向かって作業したり奥の畳スペースで横になってくつろいだりしていました。10人ほどいた仲間はみな、こちらを向いて明るい笑顔で歓迎してくれました。
作業テーブルの上には、マーブリングした紙があり、それを裁断して便せんや一筆せんなどの製品をつくっていました。

作業の様子をしばらく見た後、収納棚をじっくり観察してみました。
棚1つの大きさは幅60cm×高さ40cm×奥行45cm。仲間のカバンや作業で使うもの、ノートなどいろいろなモノが入っていました。よく見ると、小さなモノで埋め尽くされた棚(A)と、大きなカバンが入っている棚(B)と、それほど荷物の入っていない棚(C)の、3種類に分かれていることが分かりました。割合的には、(C)が多いように感じました。

「余っているスペースはもっと効率化できるな」
「でも、大きい荷物には大きな棚が必要。。。」
そんなことを考えていると、ふいに後ろから声をかけられました。

「乗ってみますか?」

振り向くと西澤さんは、車椅子を出していました。
私は迷わず「はい!」と言い、車椅子に腰かけました。
生まれて初めての車いす体験でした。

「視線が思っていたよりも高いな」
「手はどのくらいの範囲まで届くのだろう」

実際に車椅子に乗ると前に屈みづらく、膝より下のモノは取りにくい。また上の方は見上げることしかできず、もはや取る気にもなりませんでした。
上にも下にも制限があることを実感し、「高さ」が大切だと確信しました。

「ここに仲間の荷物を入れるんですよね? これで全員分ですか?」
西澤さんの計画では、マスの全数に対して仲間に必要なマスの数は余裕を持って確保出来ており、収納量に問題はなさそうでした。
また、資料をよく見るとワイドタイプの配置が赤いラインで示されており、ワイドタイプの棚が最上段と最下段にまとめられ、あとは全てレギュラータイプ、という計画でした。

西澤:「でも大きな荷物は、レギュラータイプには入らなくて困ってるんですよ」
橋尾:「仲間用の棚に、ワイドタイプ何マスくらいあれば足りますか?」
西澤:「大体2~3マスくらいあれば十分足りると思います。」
橋尾:「では、ワイドタイプを縦に1列入れれば大丈夫ですかね」
西澤:「え? タテ1列全部?? そんなにいっぱい要らないですけど・・・」

そこまで伺ったとき、ハッとしました。
スタッキングシェルフは、実は上から下までレギュラーかワイドか、どちらかで揃える必要があります。そもそもの仕組みからきちんと説明しないといけない、ということに気付きました。
スタッキングシェルフはシンプルな構造で組立てしやすく、連結が気軽に出来ることが特長です。実際の家具を見てもらい、スタッキングシェルフの組立ての仕方やマスの大きさ感覚を実感していただくことにしました。

西澤:「あ~!なるほど!スタッキングシェルフは、こんな風に増やしていくんですね?!」
橋尾:「そうなんです。だから、タテの列は同じ大きさのマスで揃える必要があるんですよ。」

スタッキングシェルフは、マスの大きさが決まっていて、それが横方向に増えていく仕組みで出来ています。大きさの感覚が身に付くと、スタッキングシェルフを設置する場所に何連結できるかを考えたり、マスに入れるカゴの大きさを考えたりする際に、システマティックに判断できるようになります。仕組みを理解すると、途端に感覚的に使いこなすことが出来るようになるのです。スタッキングシェルフを使いこなす楽しみはここから始まるのです。

それから、いろいろな意見や発見が次々と出てきました。
橋尾:「車椅子で届くのは2段目と3段目くらいですかね」
西澤:「でも、2段目はすこし低いかもしれない。」
太田:「3段目と4段目は、女性職員でも楽に届きそうですね」
西澤:「5段目は男性職員でないと届かないな・・・。6段目ってさらにこれより高いんですよね。」
廣富:「そうですね。いっそ1段減らして、5段にしましょうか。」
橋尾:「5段にしても、カゴなどを使えば収納として使えますしね。」
砂川:「棚の奥行がすこし浅くないですか?」
橋尾:「奥行40cmタイプもあるので、そちらでどうですか。」
廣富:「今使っている棚が奥行45cmだから、40cmならちょうどいいかもしれませんね。」

みんな思い思いに発言し、スタッキングシェルフに触れていく中で、以下のような方向性が見えてきました。

・段数は5段とする。
・奥行は40㎝タイプにする。
・仲間用のマスは下から2段目と3段目に配置する。
(A)小さな荷物の多い仲間は、レギュラータイプ2マスを当てはめる。
(B)大きな荷物の仲間は、ワイドタイプを当てはめる。
(C)荷物の少ない仲間は、レギュラータイプを当てはめる。

このように、使い手の意図を理解すること、現状を丁寧に観察することで、守るべき条件・大切にすべき条件が見つかります。その条件に基づいたルールを決め、そのルールに従って細かなところを設定していくと、分かりやすい収納計画を立てていけるのです。

「あの~・・・」

西澤さんが遠慮がちに口を開きました。
西澤:「本当は一番下の段は引出しがいいかな、と思ってたんです」
橋尾:「引出しですか・・・」
西澤:「やっぱりないですよね~。いや、引出しじゃなくてもいいんですけど、一番下は汚れやすいんで、汚れてもいいようなものをまとめて入れられるようにワイドがいいかなって(笑)。」

一同、びっくり納得でした。
確かに、スタッキングシェルフは床にベタ置きで、2cm程の棚板の厚み分しか床から上がっていません。さらに、車椅子に乗ると靴が床から離れるので、最下段の荷物は余計に汚れやすいのです。それでは、荷物を入れる場所としては適さず、入れられるものが限定されてしまいそうです。

廣富:「台輪ってないですかね?」
台輪を入れて床から底上げ出来れば、1段目は床から離れるので、汚れを気にしなくていいようになります。そればかりか、全体がかさ上げされることで、少し低いと感じた2段目のマスが車椅子でちょうど使いやすい高さになります。
台輪ひとつで気になっていた問題が一気に解決できそうでした。

無印良品には、他の収納家具のシリーズに台輪を取り扱っているものがあります。スタッキングシェルフに今回だけ特別に転用出来ないか、調べてみることにしました。

収納計画の見通しが立ち、打ち合わせの終盤となったところで、当初から私が抱いていた不安を廣富さんへ打ち明けました。
「もともと家庭用に作られている無印良品の家具を施設で使っても問題ないでしょうか?」
家庭と施設の大きな違いは、不特定多数の方が利用されることです。また、家庭よりもハードに長期間使い続けられることが考えられます。

「『あまーち』見学のとき、特殊な機械や荷物があるわけではなかったよね。家にあるようなモノを収納するわけだから、無印良品の家具でも特に問題にはならないと思うよ。ただ、車椅子の金物が当たって家具の端部が壊れることが考えられるから、スタッキングシェルフを壁にはめ込むと長持ちするんじゃないか、と思ってこんなん考えてみたんです。」
そういうと、廣富さんは裏紙にスケッチを描き始めました。
それは、スタッキングシェルフの奥行の分だけ壁を掘り込み、そこにすっぽりはめ込んでいこうという提案でした。そうすることで車椅子の衝突による家具の劣化を防ぐことができると思いました。

スタッキングシェルフの製作寸法の誤差や壁とのクリアランスを計算に入れ、壁の位置を決める必要があります。すでに建設現場では着々と作業が進んでいる時期でしたが、凹凸のない作業所空間が実現すれば、仲間や職員の方々の日々のストレスが軽減され、心地よく使い勝手の良い場所になることがイメージできました。

こうして、「あまーち」「無印良品難波」「佐藤総合計画」、それぞれが自分にできる工夫を積み重ねていくなかで、スタッキングシェルフの特徴を上手に使いこなし、「あまーち」の活動にしっくりくる空間ができていくのでした。

この活動に関わった方々
・社会福祉法人「あまーち」様 http://www18.ocn.ne.jp/~ama-chi/
・佐藤総合計画 http://www.axscom.co.jp/

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    7.エピローグ