研究テーマ

使い勝手を考える ─大阪ミナミから─ 5.自分の居場所を自分でつくる

今回、社会福祉法人「あまーち」様が新たに建てられる施設に、無印良品の商品を納品する機会をいただきました。
「あまーち」様は兵庫県尼崎市にある生活介護事業所・居宅介護事業所です。
名刺やレターセットを作製する施設にはカフェも併設されていて、障害のある方々の社会参加や自立を支援する活動を行っています。
この活動報告では、無印良品の商品を納品する過程と、その中で起こる(であろう)さまざまな出来事を、お伝えしていきます。

ずっと同じ家の同じ部屋に暮らしていると、ときどき部屋の模様替えをしたくなりませんか? ベッドの向きを変えたり棚の位置を工夫してみたり、いろいろ試してみるけれど、なかなかうまくいかなかった経験はどなたにも心当たりがあるのではないでしょうか?
成功でも失敗でも、そうやって試行錯誤してみることで、実は「自分の好きな暮らし方」を探っているのだとすれば、部屋の模様替えはなんて素敵な時間でしょう!
自分の居心地の良い場所を自由に思い描き、自分なりに考えて工夫して作りこんでいくというプロセスは、きっと暮らしを豊かにしてくれるはずです。

無印良品の店舗では、そんな「自分の好きな暮らし方探し」をお手伝いするために「インテリア相談会」というサービスを行っています。私自身、インテリアアドバイザーとして多くのお客様のお話を伺ってきました。その経験から、ご相談内容は大きく「全然わからないから教えてほしい」「良いか悪いかを判断してほしい」「いろいろなことを聞きながら自分で判断したい」「自分の判断を後押ししてほしい」という4つの段階に分かれるように思えてきました。しかしどの段階にも共通しているのは、アドバイザーの中に答えはない、ということです。お客様のお話を伺いながら、どんな暮らしに「豊かさ」を感じるかを一緒に探し出し、大量の商品の中からそのために必要なモノを選び出します。
頼れる決まった解決方法はなく、大切なのは、お客様ご自身が望む「暮らし」を発見されることなのです。

社会福祉法人「あまーち」の建設も終盤を迎えました。上棟式も終え、内装工事がすごい勢いで進んでいきます。これまでいろいろと工夫して決めてきたスタッキングシェルフがうまく納まるかどうか内心ドキドキしながら、今日は店舗で「あまーち」の方々を待っています。

「あまーち」の仕事をするまで私も知らなかったのですが、実は車いすは普通の椅子に比べて座面が少し高いので、テーブルの形によっては足が当たってうまく使えないものがあるのです。スタッフの西澤さんは車いすの寸法をすべて測り、事前にテーブルの足元に必要とされる高さ寸法を検討してくれていました。無印良品のテーブルはその条件をクリアしていたので、最終段階として「仲間」による検証をすることになったのです。
以前から建築の設計者から「あまーちの主役は『仲間』なんだ、彼らが決められるように設計を進めるんだ」という話を聞いてはいましたが、これまでの打合せはスタッフの方が中心で、「仲間」の話を直接伺う機会はありませんでした。

「あぁ、ホンマに仲間が決めるんやな。なんかすごいな!」と漠然と感心していると、間もなく「あまーち」が店舗に到着されました。スタッフの西澤さんと「仲間」の今村さんです。今村さんは車いすに乗ってきました。早速お目当てのテーブルを囲み、手触りや大きさ、高さなど一緒に確かめていきます。今村さんは目が不自由な車いすユーザーで、おしゃべりが大好きな明るい女性です。

テーブルを前にした今村さんは開口一番「これいいやん!」「全然足当たらへんし、ええわ~!」「これからこんなので仕事できるの?! 嬉しい~!!」と大喜びでしたが、何よりも嬉しかったのはテーブルの天板を撫でて「いい触り心地やね~。」と言ってくれたことです。

最近はインターネットショッピングでいろんなものが買える時代ですが、本当に大切なものは実物を見て、というケースが多いと思います。家具は体と呼応しながら毎日使うモノで、肌感覚がとても大切です。実際に見て触れて「いいな!」と感じた家具に囲まれて暮らしていく、そんな楽しく豊かな時間のスタートラインに、「あまーち」は立っているのだなと感じました。

今村さんによる細かなチェックの結果、めでたく無印良品のテーブルの採用が決まりました。次にどのサイズのテーブルにするかを決めます。「あまーち」の作業所では様々な活動が行われており、どれか一つに特化してテーブルサイズを選定すると、他の活動に支障をきたす可能性があります。さすがの西澤さんも考えあぐねていましたが、結局、小さいサイズもいくつか買って、活動に応じて組み合わせて使うことになりました。

あまーちでは物事を決める時に、必ず「仲間」の意見を聞くそうです。それは、「あまーち」が彼ら「仲間」のための場所だからであり、彼ら抜きに決めたことはあまり意味がないと考えているからなのだと思いました。その姿勢を貫く熱意に心を打たれましたし、使う人が「いいな!」と思うことを実現していくサポートをする、というのは、インテリアアドバイザーの仕事と共通する考え方で、とても共感できました。

「あまーち」での建設事業は、仲間以外にも、職員や仲間のご家族の方々など、「あまーち」を取り囲む様々な人たちがそれぞれのタイミングで主役となるイベントが企画され、進められていきました。その中でも印象的なことをいくつかご紹介したいと思います。

仲間による「壁面スタンプイベント」

建物がほぼ完成を迎えた頃、毎日仲間が利用することになる建物の入口の壁にペイントをするというイベントが企画されました。これから毎日通う作業所の、朝一番に通る場所を自分たちの手で彩る、とても素敵な企画だと思いました。伸縮するポールの先にスポンジを取り付けたペイントグッズで、壁にペタペタとスタンプをするというものです。スポンジは花や葉っぱの形に切り取られた可愛らしいものでした。ポールを手にしたら壁に向かって思いのままに楽しむ、それだけでそこに自分の思いが映っていくようでした。

新しい建物が出来て引越しをしても、なかなかすぐには馴染めないものです。ただ少しでも自分の記憶が残る場所がある建物はどこかほっとするような温かい気持ちになるのではないでしょうか。そうして使う人が自由に工夫を重ねて楽しむことで、さらに特別な建物になっていくのだと感じました。

スタッフによる「家具組立てイベント」

「あまーち」は大量のスタッキングシェルフの組立を職員の手で行うことにしました。「あまーち」の皆さんは、自分たちでできることは自分たちでやるという気概、そしてそれを楽しくやってのける明るさを持っていて、彼らにかかれば単なる作業も楽しいイベントになってしまいました。
職員の皆さんは仕事終わりに集まり、5・6人のグループで一つひとつ協力して組立ていきました。収納のほとんどをスタッキングシェルフが担っているため、連結数も多くかなり大変な作業ですが、お構いなしにどんどんと組み上がっていきます。
「あまーち」の力はこんな場面で発揮されるように思います。一つの目的に一致団結して取り組む、その時の爆発力はすさまじいものがあります。

スタッフと仲間のご家族による「板塀づくりイベント」

引っ越しの一週間前、仲間のお父さんも参加して全員で敷地の境界に板塀を立てました。インパクトを使って縦桟に横張りの板を打ちつけていくのですが、性格の現れる作業でそれぞれの方の個性が溢れていました。釘の頭の絵を描き込んで打ち込む位置をきっちり揃えている方がいたり、大胆にどんどん作業を進めていく方がいたり。皆さん一人ひとり自分らしく楽しんで作業をされているようでした。

「あまーち」は新しくできる施設を、毎日使う仲間や職員だけでなく、その周辺の方々をも巻き込んで建てていきました。こんな風に「あまーち」を取り囲む皆で協力し自分たちの居場所をつくっていくことで、関わった全ての人にとって愛着のある建物になっていくと思います。

板塀をつくった日は、朝から板塀づくりとロールスクリーンの取付けとを並行して行いながら、作業がひと段落ついた順に昼食をとることになりました。
そのお昼ご飯は、なんと仲間のお母さんが用意してくれたそうめんでした!「どうやって運んだんだろう?」と思う程の量で、刻んだねぎや錦糸卵など薬味も充実。共に作業をした者同士で手作りのご飯を囲むとても楽しい嬉しい時間となりました。

「あまーち」にとって、こうやって関係者が協力し物事を進めていくことは当り前で、これまでも、そしてこれからも、そのスタンスは変わらないのだな、と思います。少し手間のかかることではあるけれど、こうして一人ひとりが主役であることを認識し、積極的に物決めや物作りに関わっていくことは、きっと豊かな暮らしを生み出していくことになるでしょう。

主役はそこで暮らす「あなた」です。
部屋の形やインテリアのセオリーからだけでなく、自分の体や感触、直感を頼りに自分の居場所を自分でつくってみることは、きっと「自分の望む暮らし」を再発見するきっかけになるのではないでしょうか?

この活動に関わった方々
・社会福祉法人「あまーち」様 http://www18.ocn.ne.jp/~ama-chi/
・佐藤総合計画 http://www.axscom.co.jp/

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