世の中の靴下は、なぜ直角ではないのか─靴下の歴史
世の中にある靴下の多くは、「120度」に開いた形。なぜ、「直角」ではないのでしょうか?
靴下の形と履き心地の関係は?
靴下の歴史から何かわかることはないかと、プロジェクトチームは都内の「靴下博物館」※を訪れました。プロジェクトがスタートしてまだ間もない2010年12月のことでした。 ※創業90年の靴下メーカー(株)ナイガイが所蔵する靴下や編み機、蔵書等が展示された博物館。一般公開はされていません。
靴下の起源
- 靴下博物館にあった写真によると、エジプトで発見された子ども用の靴下は5世紀頃のもの。すでにこの頃には、手編みの靴下が存在していたようです。
1560年頃、イギリスのエリザベス女王1世に贈られたという手編みの絹靴下の写真もありました(現物はロンドン郊外ハットフィールドハウスに保存)。初めてこの靴下を履いたエリザベス女王1世は、「これよりあと、布地の靴下を廃した」とか。つまり、編み物の靴下以前に、布地でできた靴下も存在していたということです。また、女王が認めるほど、手編みの靴下は、布地のものより快適だったということもうかがえます。
イギリスで手編みの靴下が普及していったのも、当然のことかもしれません。
そして、この写真で注目すべき点がもう1つあります。それは、靴下の「形」。「直角」の形をしているのがわかるでしょうか。
工業化以前の手編みだった時代、靴下は足の形に合わせた「直角」だったのです。
では、靴下の形は、いつ頃から120度に変わっていったのでしょう。
イギリスの牧師、ウイリアム・リー(Willam Lee.1563~1610)によって靴下編機が発明されたのは、エリザベス女王時代の1589年。手編みの熟練者の6倍の速さで編めたというその機械は、当時としては革命的な発明でした。
その後、編み機の普及や、改良が進むにつれ、靴下の主流は手編みから機械編みへ。靴下の形も120度に変わっていきました。
靴下の形は、工業化と深い関係があったのです。
日本の靴下
日本最古の靴下と言われているのは、外国製品として水戸家へ献上され、水戸光圀(1628~1700)が使用したとされる靴下です。
江戸中期には、すでに手編みの方法が日本に入ってきており、足袋の代用品として靴下も編まれていたとか。その後、明治初期には手回しの靴下編み機が輸入され、日本でも本格的に靴下工業が始まりました。
以降、工業製品としての靴下は、技術革新とともに、編地や編み柄、素材などについてめざましい進化を遂げましたが、形については多くの靴下が120度のまま現在に至っています。
これは、前述のイギリス同様に、効率を上げる機械化のためという理由によるものです。
靴下の形
靴下の形が編み機と関係していることを裏付ける記述が、靴下博物館の所蔵書籍「くつ下読本」(日本靴下協会)にもありました。
'はきよいくつ下'についての記述として「...踵部は大きい程良いとされており、安いくつ下は針上げ数が少なく、高級くつ下は、針上げ数が多くなっている。それはご承知のように、踵部を編むのに針上げ数を多くすれば、それだけ編むのに長時間を要することになるからである。」とあります。つまり、はき心地の良い靴下は踵(かかと)を大きく包む形状(=直角)であった方が良いが、そうすると編み立てに時間がかかってしまうということなのです。
また、靴下の形については靴下博物館で、面白い話を聞きました。
たいていの靴下は、お店で売られる時、かかとから半分に畳まれています。
この半分に畳んだ時にきれいな形になるように、角度が決められているというのです。
まとめ
今回の取材から、靴下の形は、もともと足の形に合わせた直角だったものが、工業化とともに120度になっていったことがわかりました。
また、生産の効率や、店頭に並んだ時の見た目の美しさの方に比重が置かれ、形によるはき心地の違いについては、それほど注目されないまま現在に至っていることもわかりました。
無印良品の「足なり直角靴下」の開発は、チェコのおばあちゃんが編んだ手編みの靴下との出会いから始まりました。現代では、簡単に速く編めるという理由から、手編み靴下も120度のものが増えていますが、チェコのおばあちゃんのそれは、「工業化以前」を思わせる手編み靴下だったのです。
「はき心地の良さ」に注目してのスタートでしたが、今回改めて靴下の歴史をたどってみると、工業化以前の手編みの時代、つまり靴下誕生の原点にまでさかのぼってのスタートだったと言えるのかもしれません。
- 写真提供/取材協力:
- (株)ナイガイ靴下博物館
- 参考文献:
- 「靴下の歴史」/坂田信正((株)ナイガイ)
「くつした読本」/坂田信正、山本恒二(日本靴下協会)
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