MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクト 対談
団地を舞台に考える“感じ良いくらし”2019
団地で起業する
- 金井
- かつて公団がつくった団地は、民間と違って空間に余裕があります。これはなかなか民間ではまねできません。そこで先ほどの本の扱いも、思い切って代官山のTSUTAYAさんに負けないくらいのことがやれたらインパクトがあってよいのではないでしょうか。それくらいのことを一度仕掛けてしまえば、あとは逆にプラットフォームでよくて、いろいろな人がいろいろなことをできる場所にすればよい。団地のなかで小商いのスペースが借りられて、「オレはあの一室で起業したんだよ」というような場所、つまりインキュベーションのプラットフォームになると思います。
- 里見
- 私たちには住宅付き店舗という賃貸物件があります。1階が店舗で2階が住居というものです。高度成長期にはけっこう人気があったのですが、現在は客付けが難しい施設です。
一方、フランスでは2017年に「ステーションF」というスタートアップ施設ができて人気だそうです。フランス人だけでなくいろいろな国籍の人が入って、半年で出て行くことを条件にすぐに事業をはじめてもらう。その運営者の話では、次の段階では近くに住宅を用意したい、というのです。それを新聞記事で読んで、ちょっとかたちは違うけれど私たちはすでにスタートアップ施設の次の段階をハードとして持っているのではないかと思いました。ちょっと手前味噌ですが、フランスでいま最先端といわれていることを公団の先輩たちはすでにやっていたのかもしれない。
起業される方は家に帰る時間がもったいないとよくいわれるので、1階がスタートアップ施設で2階に住宅があるというような環境を提供できます。これに、地元自治体の起業支援部署とか日本政策金融公庫のような政策機関で支援できるところが組んでくれれば、可能になるのではないかと思います。
- 金井
- スタートアップって、いまや国家戦略なんですよね。フランスだけでなく、アメリカも中国もそこに政府がお金を出している。企業も出資している。いろいろな経歴の人たちを集めてテーマを持ってガチャガチャと、半分遊んでいるように見えるなかで新しい構想を練っていく。そういうことをしないと次が見えてこない社会になっている。
それが日本の場合は、正直いってその戦略があまり見えない。
ただ、私は昨今のスタートアップ施設が目指すビッグビジネスみたいなことは、むしろ周辺諸国にお任せしておいて、逆にものすごく小さな、「おじいちゃんやおばあちゃんたちは何に困っているんだろう? 子育てをしている人たちは何に困っているのだろう?」といった、個々人に属するミクロ的な悩みや課題をひたすら考えて、サービスや仕組みをつくっていくことをしたいと思っています。自動運転やロボット、ドローンのタクシーのようなビッグビジネスを横目でいいねといいながら、こちらではおじいちゃんのお風呂をどうやって掃除するんだ? といったようなミクロを考える。
これはこれからの中国を含めたアジア、世界があとから迎える課題なわけです。彼らもやがてドローンに乗っている場合じゃないよという世界になってくる。そうした小さいけれど日本人に向いた事業のネタがこの団地にたくさんあると思っています。
- 里見
- 私たちも、なんとか団地内の既存環境を生かしながら、新しいビジネスの環境を創造したいと思っているんです。それこそ先輩たちが考え出した50㎡の店舗付き住宅をいろいろな人にいろいろな使い方をしてもらって、そこから次のヒントが見えてきたら嬉しいなと思っています。
地方と団地をつないで新しいビジネスを興す
- 里見
- 私はURの理事になる前は長崎県におりまして、地方の苦しみというものが少しはわかります。みんな東京に吸い寄せられてるよなー、って思っていますが、逆に、長崎の食材を定期的に送ってもらって、それを調理して日替わりメニューを出せるお店はできないものでしょうか。食材を余らせずに使うことで、地方と東京が繋がれないか。
私は長崎のことは応援しなくてはいけない立場でして、実は「長崎奉行」という名刺もいただいております(笑)。
- 金井
- 奉行ですか!(笑)
- 里見
- 私だけではなくて、長崎県庁に出向して奉職した人間はみなもらうんですよ(笑)。
ただ、長崎は東京から遠くて、トラック業界の方にいわれたのですが、輸送費は距離に応じて決まるため、東京の市場をにらむと長崎はスタート時点で利益率が低いから諦めてくださいといわれたことがあり、でも「諦められないな」とずっと思っていました。
そのためには輸送コストを一括ですませればよいのではないかと思って、先ほどは食材を余らせずに使うビジネスモデルを、といったんです。たとえば売れたもの以外は野菜だったらスープにして出してしまうとか、ある程度の物量だったら処理してしまう体制を構築できれば返品とか廃棄コストがなくなるのでロスが少なくなります。そのビジネスモデルをつくった上で、たとえば今日は長崎の棚田でつくったお米のごはんと五島列島の魚と組み合わせた海鮮丼限定50食とか、万が一残ったら煮付けにして別のメニューで出すとかはできるように思うのです。
- 金井
- 千葉の漁港で網にかかっちゃったけど市場が買ってくれない魚というものがあるんですよ。魚って日本では地域ごとに呼び方が違っていたり、食べる食べないの文化の違いもある。そして漁港に行くとそういう魚がいます。普通はできるだけ海に置いてくるんです。陸に揚げてしまうと廃棄費用が発生してしまうからです。でもそういう魚たちも、ちゃんと料理できたりすると使えるんですよ。良品計画はそれを見逃すわけにはいかない会社なので(笑)、それらを東京の有楽町のお店に持ち込もうと考えました。
さて、物流はどうしようか、ということになるわけですが、なんと漁港の向かいに高速バスの停留所があった。高速バスはほとんどが東京に集まります。高速バスの胴体の真ん中にはスーツケースを乗せるスペースがありますが、あそこがフルに埋まっていることは実はない。なのでそこに発泡スチロールのトロ箱で乗せてもらい、東京まで持ってきてもらう。これもある意味でシェアリングですね。トラックも100%の積載率があって稼働しているわけではない。そしてそのあたりはデジタル技術が解決してくれる。
野菜もそうです。農家がつくって農協に出荷するときに、農協も生産性を上げるために機械化を推進してきたので、その機械に乗っからない野菜は扱わない。だからそれらに新しい価値を与えていく仕事は、私たちの使命だと思ってやろうと思います。
- 里見
- 長崎でも実は同じことがあって、流通に乗らないようなものが出てきたときに、処分に困っています。そこで県庁在職当時、そういうものを専門に扱って「今日の地魚の海鮮丼」のようなメニューを出す店をやらないかといくつか働きかけをしたんです。でもいまは下ごしらえを担当する若手の職人不足で、どんな食材が来るのかわからないものなどやりたくないといわれたり、お客さんも地魚は好まないんじゃないですかと切り返された。昨今は「今日の海鮮丼」を食べてそれをインスタに上げてくれる人たちなどが出てきて、趣向も変化しているとは思うのですが…。
- 金井
- その世代って、ずっと東京に憧れ続けた昔の価値観で生きている世代ですね。いまの若い人たちは価値観も変わってきているのではないですか。
僕は長野の出身ですが、同じように、みんな東京に憧れて、東京で買えるものを地元でも買いたいとかいっていた世代です。みんなが東京に憧れたこの何十年がだいぶ地方を悪くしました。最初から、東京なんてどうってことない、でよかったんですよ。
- 里見
- 都市部の力、パワーみたいなものをうまく還元できる仕組みができるといいと思っています。京都に「食一」という会社があって、2,3人でやっている小さな会社なのですが、全国の浜=港にネットワークを持っていて、めずらしい魚が揚がったら、すぐに連絡をもらい、すぐに京都のつながりのある飲食店に、こういう魚が捕れたんですが要りますか、と情報を流し、手の上がった店に浜から送る。京都だからてっきり料亭みたいなところにつてがあるのかと思って、どういう店が顧客ですかと聞くと、「いや、料亭ではありません。木屋町あたりにある普通の、予算3,000~4,000円くらいの最激戦区の店がいちばんのお客さんです」という。そういうところでも、めずらしい魚で活けつくりにできるものは喜んで買ってくれるというのです。激戦区なので、それで差別化を図るそうです。
産地からの直送で成り立つのかなあと思ったんですが、彼らはしっかりしていて、現地に足を運び、その漁師さんの絞め方が上手かどうか、魚の扱いがていねいかどうかをちゃんと見極めて、「あなたが捕って絞めた魚だったら買います」といい、「送ってもらえればなんとか売り先を見つけます」という。一方で店のほうには、「僕が信用した漁師さんなので大丈夫です」という。そういうビジネスモデルをつくっている。これは量が必要な市場を通したモデルではなく、個人の漁師と個別の店舗を繋ぐ仕組みです。漁師とお店はなかなか直接はつながらないですから、間に立つ方がいることによって捨てられていた魚を生かす仕組みが生まれているわけです。
- 金井
- これからそういう商売は増えると思います。私たちも国内に400以上の店舗があり、世界でも800店舗以上ありますが、もはや個店経営なんですよ。同じ店をつくっていくチェーンストアではない。むしろソフトのチェーンストア、つまり思想は共通だけど、地域の状況にどう対応し課題に向き合うかという店を目指しています。なので2,3割は地域のものを仕入れていくように店舗に変えてきたいと思っています。
なので、いまの長崎の情報もいただければ、無印良品の店でも活用できそうですね。
- 里見
- これも先ほど申し上げた1%を対象にする仕組みか、と。私たちとしては、「自分は普通の店は嫌だ、こだわりの魚を出す店をやりたい」という人が、たとえば飲食店をはじめたいと思っている人の1%いてくれればと思っています。その母数が仮に100万人いるとしたらその1%は10,000人ですが、母数が10,000人だったとしても、その1%は100人で、そういう人たちに団地の中で活躍してもらえたら十分に活性化できそうです。
そうしたビジネスモデルを団地の中に挿入できると、配膳だったらお手伝いしたいという高齢者の方が外に出てきてくれるかもしれません。また、力仕事はできないけれど、ちょっとしたお手伝いならできますとか、あるいは金融機関OBの方だったら経理処理や伝票処理が得意という人もいると思います。そういう人が短時間勤務してくれるだけでも新しくお店をはじめた方には大いに力になると思う。そういうことを手伝ってくれる人はここにもたくさんいらっしゃるだろうと思っています.
- 金井
- まず活躍できれば、みなさん、たぶんハッピーなのではないでしょうか。
一方で団地は子育てには大変環境がいい。人間本来の人との関わり、たとえば、おじいちゃんに遊んでもらったり、たまには叱られたり、野菜を育てたり、鶏と遊んだり、みたいなことをして暮らせる時代をもう一度つくっていかないといけないように思うんです。いまは社会全体が利己主義的な人間の集団となってしまい、他者と関係性をうまく持てない大人が増えている。それへの反省も込めて、団地という集合体がこれからの時代の新しい共同体の生まれる場となっていければと思います。子どもを育てるのに大変いい環境だったり、本質的な人間形成につながる教育的な場が仕組まれている場が、高度成長が終わり失われた25年も過ぎた今日、ここに生まれる。次の次の世代くらいに向けていま私たちが汗をかくというのは、とてもいいですね。