研究テーマ

松江工業高等専門学校 齋藤先生インタビュー

11 松江工業高等専門学校 齋藤先生インタビュー

いよいよ発売も目前になってきました。仕様も確定し、製品の評価も一通り終わり、何とか皆様にお届けできる形に仕上がってきました。工場での生産も急ピッチで進んでいます。

2011年9月にスニーカー改良プロジェクトを始めてから、一緒にご尽力をいただきました、共同研究者の松江工業高等専門学校(以下松江高専)の齋藤誠二先生のインタビューをお届けします。
今回の開発にまつわるお話をうかがい、このスニーカーの設計ポイントや設計したときの意図、先生の想いなどについてお聞きしました。

齋藤誠二先生 略歴 現職;松江工業高等専門学校人文科学科 講師 1979年10月生・島根県出身
1998年:島根県立益田高等学校 卒業
2002年:大阪教育大学教育学部教養学科健康科学専攻 卒業
2004年:大阪教育大学大学院教育学研究科健康科学専攻 修了
2007年:九州大学大学院芸術工学府人間生活システム系人間工学講座修了
学位:博士(芸術工学)
九州大学大学院 芸術工学研究院 学術研究員を経て、2008年より独立行政法人国立高等専門学校機構 松江工業高等専門学校に着任 [関連リンク] 齋藤先生の研究室 HP

齋藤先生は、ユニバーサルデザインや使い心地といった人間工学の分野がご専門です。
現在、松江高専では体育の教鞭をとられています。また1年生の担任をされていて、野球部の顧問でもあります。学生さんにとっては、頼れるお兄さんのような存在です。

齋藤誠二先生 インタビュー

Q1.靴や歩行の研究をするようになったきっかけは何ですか?

2000年のシドニーオリンピックの女子マラソンで高橋尚子さんが金メダルを獲得しました。
その際に、使用されていた靴がメディア等で大きく取り上げられているのを見て、靴の影響力とそのおもしろさに惹かれていきました。
翌年から迷わず靴をテーマとした卒業研究をスタートさせ、どんどんとその魅力にはまっていきました。それ以降、約10年間、靴の研究に携わっています。

Q2.今回のスニーカーの設計コンセプトはどのように考えられたのですか?

良品計画さんから依頼されたテーマが「疲れにくい靴」というテーマでした。
実は「疲れにくい」という人によって感じ方が異なるいわゆる「感性」を靴に求めること、そしてまた「疲れにくい」を客観的に評価するということは、そう簡単なことではありません。

しかし、今までの約10年間の靴と歩行の研究の経験から、人の歩行のメカニズムを考慮して次のような視点で設計を考えてみました。

  • ①歩行時の足の「あおり」を適切な位置に、そして安定させること
    ②土踏まず(内側縦アーチ)の疲労による低下を抑制すること
    ③土踏まず(内側縦アーチ)をサポートすることによる過回外(オーバーサビネーションといいます:足首が外側への過剰に傾きすぎる状態のこと、下図参照)を抑制すること
    ④着地時の衝撃を吸収すること
  • 過回外:足首が過剰に外側へ傾く

以上の4点を求めることで理想的な歩行に近づけることができ、結果として「疲れにくい」靴が実現できるのではないかと考えました。

Q3.この設計のアイデアはどこから生まれたのですか?

  • これといったはっきりとしたきっかけはありません。
    今まで靴に興味を持って10年間研究を続けていますが、実は自分が履いている靴は、決して機能性の優れた靴ばかりではありません。そのため、長時間立っていたり、歩いていたりするとやはり足が疲れてだるく感じることが多々あります。
    そのようなときに日頃から「このような靴があったらいいな」「この部分をサポートすれば疲れないんじゃないかな」などと考えているうちに、このような設計を思いつきました。
  • スニーカーについて打ち合わせ中の齋藤先生

Q4.設計の際に工夫した点を教えてください。

人の足と言っても、年齢や性別の違いだけでなく、骨格や脂肪・筋肉のつき方の違いによってその形は様々です。前述のコンセプトを全ての人に当てはめることのできる靴はできません。
しかし、文献や人体のデータベースを参考にしながら、できる限り多くの方々に疲れにくい靴を履いていただくために、アーチサポートの大きさや高さ、母指球のくぼみの大きさや深さ、後足部から前足部に向かう傾斜角度などを細かく求めていきました。
そしてその結果今回のようなインソールを初めとしたスニーカーの設計に至りました。

Q5. 設計をする中で苦労した点は何でしたか?

今は靴にも様々な素材があり、価格のことを無視すれば、優れた素材を使用して上述のようなコンセプトを盛り込むことは、そんなに難しいことではないと思います。
しかし、今回のプロジェクトでは、製造する機械やコストの面から、使える素材の種類、また、その量や厚さに厳しい制約がありました。このなかで、前述のコンセプトを盛り込むことは非常に大変でした。ミリ単位で厚さや高さ、深さを調整することや、隆起部の角度を微調整することもありました。しかし、苦労をしましたが、より多くの方々に気軽に履いていただける靴ができたと思って喜んでいます。また、今回の靴を作製するうえで第一段階として靴のニーズ調査を実施しました。調査に協力していただける方を探すのは大変でしたが、本校の学生および大阪教育大学や九州大学の学生にも協力していただいて、約1,200名から貴重なご意見を得ることができました。
ご協力いただきました先生方ならびに学生さんに心より感謝いたします。

Q6.お客様にぜひ知っていただきたいおすすめポイントを教えてください。

特に長時間の立ち仕事や歩くことの多い方にとっては、靴は単なる「履き物」ではなく、より良い仕事をするための、より良いパフォーマンスをするための「ツール」だと思います。一日のうちで服や下着のように長い時間、身につけるものですので、機能性の良い靴を選んでいただきたいと思います。

今回の靴はもしかしたら多くの方が体験したことのない履き心地かもしれません。場合によっては初めは違和感として受け入れにくい場合もあるかもしれませんが、履いて自分の足に馴染んでいくうちにきっと「疲れにくさ」を実感していただけると思います。

購入の際にはできるだけ試着をしていただき,普段履いている靴のサイズにとらわれず、自分の足に合っていると感じたサイズを選んでいただくと、よりこの靴のよさを感じていただくことが出来ると思います。ぜひ一度店頭でお試しいただきたいです。

プロジェクトメンバーより

このスニーカーの改良プロジェクトを始めたころは、こんな正解のない課題をどのように解決していくのか全く道筋が見えずにいました。
先生もおっしゃっていたように、履く人の年齢や性別で評価が変わってしまう「歩きやすい」や「疲れにくい」というコンセプトをどこから考えたらよいのか、目に見える形にして比較することが出来るのかすら、よくわかっていませんでした。

そんな中で齋藤先生は「歩きやすい」「疲れにくい」のコンセプトへの具体的なアプローチの仕方を提示してくださいました。歩行という観点から、そのメカニズムに基づき、製品の設計、評価の方法を提案してくださったことで、単なるイメージであったものが、具体的な商品として具現化することができました。いうまでもありませんが、齋藤先生がいらっしゃらなければこのスニーカーの誕生はありません。
また、こちらの度重なるワガママなお願いにも快く応じてくださって、感謝の一言に尽きます。

今回のスニーカーは、きっと現行品とはまったく違った履き心地と、「歩きやすい」「疲れにくい」を実感していただける製品になったと思います。
ぜひ2/7の発売を楽しみにしていてくださいね。

次回は発売直前、いよいよ最終回です。
出来上がったスニーカーを皆さんに見ていただきたいと思います。